うずまき2017 powered by Jun-Systems

耳管開放症, SAS, 統計解析, 人工知能, プログラミングそれに思考

*

神はいるんじゃないかという話

   

久々にうずまきっぽい話をする。
世界を物質的空間と単一パラメータの1次元の概念としての時間で考える。すると時間の変化によってのみ物質的空間の変化が定義される(=物質的空間の変化は時間の変化に依存する)が、これは相互依存的ではなく、時間が経過するからモノが動くのであり、モノが動いたから時間が経過するわけではない。モノが動かなくても時間は経過するが、時間が経過しなければモノは動かない。

これを用いるとxyzの三次元+時間tを使って世界の全状態を(x, y, z, t)で表せるようになる。時間を1次元の流れと捉えた上での3次元+1次元はいわゆる実4次元と呼ばれる。まるでYouTubeでも観ているかのように、プログレスバーの進行とともに画面の中に存在する3次元の空間が動く。この空間がいわゆる「世界」であり、画面を見るその視点はメタ的だ。

先日見たドクターストレンジでは、「時間が人間を殺す」という話があった。これはアイデアとしては陳腐ながら意外とクリティカルで、時間が進むからこそ我々は生命を維持しなければならず、それに伴い体が成長したり衰えたりする。

俺は最近「神様はいる」と思うようになった。これは数年前の俺が聞いたら発狂するレベルの変化だと思う。これまでの26年間ずっと「何かにすがらないと生きていけない奴らは馬鹿」という認識で、故に人間がすがるためだけに作り上げられた偶像としての神みたいなものを一貫して否定してきたし、信仰とか瞑想とかいうものも基本的には馬鹿にしてきた。特に瞑想は何回か複数の人から勧められてその度に試したけど俺には合わなかった。

しかし俺が言う神というのは「観測者」みたいなもので、コンピュータ上に仮定された二次元的な世界の上で擬似的な生き物(みたいなもの)を作り、その時間経過に伴う状況の変化とか、生き物の進化とかそういうものを見ていて思った。その世界はコンピュータ上に作られた仮想的なフィールドながら、そこで「生き」ている存在は決してその世界を作り黙って観測している俺の存在を知覚できないし、俺がYouTubeのシークバーで動画を先に進めるぐらいの気持ちでその世界の時間を100年先に進めたところで何も変わらない。神ってそういうもんなのかなと思った。

「決してアヒルを踏んではいけない天国」は人の価値観が世界(世界というのは人間世界よりもっとユニバーサルな”世界”)においては必ずしも絶対ではないことを伝えているし、「我々人間様が暮らすこの地球を中心に世界が回っている」という思い込みはこの類の”奢り”の究極だと思う(全く同じ理由で、神様の容姿がだいたい翼の生えた半裸の汚いおっさんなのもイライラする)し、そんなことをみんなが自信満々に主張して異を唱えたら殺されるんだから人間とは本当に馬鹿だと思う。偉そうに「私は善行を積んだから天国に行く」とかいってる奴は天国へ行く基準が実は「今までに抜いた雑草の本数」だったとかで是非とも地獄に行ってほしい(っていうか天国とか地獄とかいうもの自体そもそも信じてはいないが)。何よりも、そもそも自分たち(自分たち人間は〜とか自分たち**人は〜とか全部含めた、自らが帰属するある共通した属性を持つ集団)を崇高な存在だと思える奴は全員頭のおかしいサイコパスだと思う。

最後に俺が昔から好きな画像を貼っておきます。


 - うずまき , , , ,

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

  関連記事