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耳管開放症, SAS, 統計解析, 人工知能, プログラミングそれに思考

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起業したい人に

   

旧友と久々に会っていろいろと相談されてみて、なんとなく書きたいことができたので書いてみます。
書いてる事自体は月並みなので、その辺の意識高い本にも書いてあるかもしれません。
 
彼は「起業したい」と言って相談をもちかけてきました。
そのために「何かネタないかな〜」と言っていました。
 

思えば自分も…

ちょうど3年ほど前でしょうか。
思えば当時、ぼくも彼と同じように、「ああ起業してぇな〜」とか「何かネタねぇかな〜」なんて毎日考えながら生活していました。
「何かやりたい」という思いとは裏腹にアイデアが浮かばないことに焦り、「早くやらないと…」と思う日々でした。
それから色々なことを経験して、3年経って相談してきた友人の姿は、まるで昔の自分を見ているようでした。
 

起業自体は目的には成り得ない

いつどこで聞いた(または読んだ)のかもわかりませんが、今誰かが「起業したい」と言っていると、必ず頭に浮かぶ言葉があります。
 

起業することは「手段」に過ぎない。

 
今考えればその通りなんですが、起業すること自体は、別に何も考えなくてもできるんですよね。
これは起業だけではなく就活にしてもそうなんですが、起業や就活というのはその先の活動を行うための準備に過ぎないわけです。
「起業はしてみたものの、この先何をすればいいのかわからない」なんていう事態に陥った場合、それこそ「何のために起業したの?」と聞かれても仕方ありません。
 
他人に「なんで起業したいの?」と聞かれて答えられないような目的意識では、正直何事も成せぬままに終わるんじゃないでしょうか。
「起業したい」と言うのではなく、本当は「こういうことがしたくて、でもそれをできるのは俺しかいない。だから俺が起業してそれをやってやりたいんだ」と言ってほしいんです。
なぜなら、起業自体は目的には成り得ないからです。
 

もっとよく見て考えて

通信販売サイトを見ていて、欲しいTシャツがあったので注文しようと思いました。
念のため他の通販サイトを探っていたら同じ商品がありました。
そのサイトにはTシャツの裏面の写真も載っていて、よく見ると裏面のプリントがかっこ悪くてとても着る気になれなかったので購入をやめました。
 
ある目的に向かって突っ走っている人は、往々にして立ち止まることを知りません。
自分が「これをやりたい!」と思えたことに向かっているとき、彼にはもうそこしか見えないのです。
 
ぼくらが日常生活を行う世界が三次元で展開されているように、物事にも様々な側面があります。
目的のものだけを、それも一面的にしか見ていないと、その裏にはとんでもないリスクが内包されている可能性もあるのです。
 
「俺は人の下にはつきたくない」
考えは分かりますが、いざ起業したらあなたは他人を率いる立場となる人間です。
そんなジャイアニズムを振りかざす人間の下には(少なくともぼくは)就きたくありませんね。
将来自分の下についてくれる人たちにどうしたら信頼してもらえるのか、それを知るという意味でも、他人の下につくことは時に「経験として」必要かもしれません。
 

わけるべき2つの要素

彼は起業するために大学で「英語」と「経営学」を学んでいました。
英語と経営学、もちろんどちらも起業する上で非常に重要な要素だと思います。
しかしながら、これら2つには起業という観点で、ある共通点があります。
それは、どちらも会社を経営していく上での「ツール」でしかないという点です。
 
ツールを使えるようにすることはもちろん大切です。
しかし、ツールだけ持っていてもダメなこともあるのです。
起業するということは、ある分野におけるプロフェッショナルになるということです。
プロになることによって、その分野に求められる製品やサービスを提供し、その対価としてやっとお金が支払われるわけです。
つまり、他人に「この製品、サービスにはお金を払ってもいいな」と思ってもらえるだけのものを作れる知識やノウハウを、実際に企業を運転し始めるその時までに身につけなければいけない。そしてそのタイムリミットこそが、起業なのです。
 

お金とは付随物に過ぎない

上にも述べたように、客からお金をもらうことというのは、順序としてかなり後ろの方にくるものです。
あくまで提供したものに見合った価値を、感謝の形として提供されているに過ぎないわけです。
つまり、初めから「なんか儲かることねーかなあ」といってネタを探すこと自体、あるいは間違いであるかもしれないのです。
既存のものを改良した(「より早く」「より簡単に」「より低価格で」など)ものであったり、あるいは全く新しい何かであったり。

新結合という考え方

新たなものを生み出すための考え方のひとつに「新結合」があります。
簡単にいえば、既存の全く関係のない複数のものを組み合わせて、全く新しい商品を作り出してしまうイノベーション。デジモンでいうならジョグレス進化だ。
 
簡単な例を挙げるとするなら、「携帯電話」と「音楽プレイヤー」を組み合わせてスマートフォンを作り上げたアップルあたりでしょうか。(今のアップルはビジネスモデルそれ自体が新結合だという見方が強いですが)
完全な「無」から有を作り出すのは非常に難しいことですが、既存のものをヒントに新しいものを作るのは、(それと比べれば)簡単ではないでしょうか。
もちろんそれは製品だけではなく、サービスにも当てはまることです。
 

人生観が変わった出来事

大病を患う。浪人をする。臭い飯を食う。これが成功の条件だ。

 
これは実業家、松永安左衛門の言葉です。
振り返ると、ぼくも2年前に心臓の病気で半年入院してからというもの、人生観が全く変わってしまったことは否めません。
(だからといって自分が成功しているとは思いませんが…)
 
本当に死にかけると、それ以降、ちょっとした問題が起こった程度では、「別に死ぬわけじゃないんだし」という想いが湧きます。
そしてその想いは、人の行動に勢いを与えてくれます。
(言動にも勢いが出ます。すごく悩んでいる友人に「別に死ぬわけじゃないんだから」というとそれ以降あまり相談してくれなくなります)
 

つまるところ

普通の人間が普通に考えて思いついた程度のアイデアは、どこか遠いところで別の誰かがもっと早くに思いついて、しかも実践の段階に突入していると考えるべきなのです。
高い新規性を持つアイデアを作り出すためには、多角的な思考が必要です。
様々な側面から物事を考えるために、いろいろな世代、立場の人間と意見を交換すること、それこそが「そういう考え方もあるのか!!」という「新たな一面」の発掘につながります。


 - 起業

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