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音楽と様式美とオリジナリティ

   

音楽と様式美

音楽にはそれをそれたらしめる”様式”がある。それは音楽自体の雰囲気とか構成に限った話ではなく、演じている人間の服装だったりもする。たとえばヒップホップのやつが6panelのキャップ被ってジョーダン履いて無精髭を生やすとか。違うジャンルで言えば(ロックとかはよく知らないけど)ヴィジュアル系のバンドが煌びやかな格好なのはVisual Rockというジャンルにおける様式美(=良しとされるスタイル)に沿ったいわば正装であるわけで。(念のために言っておくとこれはdisっているわけではない。俺はヒップホップ界隈の人間にしては珍しいぐらいヴィジュアル系もちゃんと通っている)

ラッパーにもそういう他ジャンルのビジュアル面とかをちょくちょく馬鹿にするやつがいるんだけど、じゃあお前らは数万のTシャツもスニーカーも今すぐ捨ててユニクロの無地Tに1000円のノーブランドのスニーカーでも履いてライブやったらどうなんですかという話にはならないのだろうか。両者は見た目は全く違えどそのジャンルにおける様式美に沿っているに過ぎないという点では完全に同じであって、一方に肩入れしている人間に他方を叩く資格など実は全くないんじゃないのか。

オリジナリティとは様式への固執からの脱却

そして(誠に残念ながら)組み上げられた既存の様式美に過度にこだわってもその先には何もない。特にヒップホップに関しては。どうヒップホップの様式美の権化みたいな存在になっても所詮我々の肌は黄色く日本語を話し日本の文化で育ちヒップホップのオリジナル(=根源的な存在)に自身を同一化することはできないんだと思う。育った時代も文化も社会背景も何もかも違うビギーとかの精神性に過度に感化されてるやつのことを俺が基本的に大嫌いなのはこういうところです。(話逸れるけどDJ聴いてても”R.I.P, BIGGIE!”とか掛かると俺らにその場でビギーを弔わせる意味がわかんなくて冷める)

その上で最近とにかく思うのは、「様式美に凝り固まると結局は無個性な人間で終わってしまう」っていうことです。今はもうその存在自体が当たり前になってしまって疑うことも忘れてしまいそうだけど、PUNPEEは出てきてすぐは「ヤンキー文化たるヒップホップとオタク性の融合」みたいな存在だった。全身バチバチにヒップホップの様式美で固めて「俺ヒップホップ愛してます!」みたいなB-BOYが結局、チンピラみたいなシャツを着て韻も全然踏まない、もはやオリジナリティの塊みたいな存在たる呂布さんにMCバトルで全く勝てなかったりする。Fla$hBackSのjjjのビートについてFebbは当初「jjjのビートはヘッズにはウケないと思ってた」ってtwitterで言ったこともあるし、それは同時にそのビートのスタイル自体が少なくとも当時「ど真ん中の正統派ビート」ではなかったからなんだと思う。そういった「文脈からのちょっとしたはずしみたいなのが強烈なオリジナリティになりうるんだろうと思う。それをパラダイムシフトっていうと大げさかもしれないけど、少なくとも全く新しい「正しいもの」がシーンに現れることで既存のかっこよさが上塗りされた好例なのは間違いない。

オリジナリティは大事です。


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