一生信号を待っていたい

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俺は信号を待っている時間が割と人生の上位にくるレベルで好きなんですよ。しかし去年ぐらいから意を決して公表しているのに全然理解してもらえない。

しかしわかってほしいんだけど、
信号を待っている時間というのは、
人生というこの壮絶に忙しい日々の中で唯一の

本当に何もしなくても許される時間


なんですよ。

そう。大原則として、そもそも俺は本当は何もしたくない。
何か考えていそうな表情をしているのは、「知的に見えた方がいい」という全然知的じゃない理由で打算的にやっている。

ワークアズライフなんて言えばかっこいいが、俺に休みはない。本当にない。俺は必死に何かしらものすごくどうでもよくないことを考えながらすごい速さで歩みを進めてどこかへと向かっており、するとどこかのタイミングで信号を待つことになる。そして、信号待ちが判明した本当にその瞬間に「俺は今信号を待っているのであって何もしていないわけではない」という自己正当化のスクリプトが自動的に脳内で走り、そして俺は時が止まったかのように本当に何もしなくなる。その時俺の脳内は紛れもなく空っぽで、ほとんど聴こえていない大音量の音楽を耳に流し込みながらぼーっと雲の模様を眺めたりする。唯一、信号が青になったかどうかを調べるための非常に限定的な認知機能だけが休みを与えられないまま定期的に信号を監視し続けている。

信号を待っていない時、つまり信号待ち以外のあらゆる時間と状況において私は常に何かに追われている。岩盤浴をしている時ですら頭は決して空にはならない。そして楽しい時間というのは必ず終わってしまうもので、やはり信号もいつかは青になってしまう。そうなった途端まるで一時停止を解除したかのように思考の津波が俺を呑み込んでゆき、そして俺はまたすごい速さで歩き出す。

このまま信号が青にならなければいいのにと願いながら今日も俺は信号を待っている。


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