深夜2時の名古屋を歩き続けながら考える親と子

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俺は決して久々に帰った名古屋で深夜徘徊をしているわけではない。名大で終電を失った上にコンビニに出たら建物から締め出されたので仕方なく今池のウェルビーまでかれこれ30分歩いているのだ。残念ながら道を間違えて吹上に着いたのでここからまた15分歩く。

毎日忙しいのでたまにはこういう馬鹿なことをやるのは俺の勝手だし、これはこれで楽しい人生だ。しかし、身近でそういうの見てきたからこそ言うけど、親が子供に「育ててもらっといて~」とか言うのは普通にやめたほうがいい。それは勝手に生んどいて恩着せがましすぎるというものだ。その様子を側から見てるだけでもキツいものがある。

自分の思い通りにならなかった時に限って奥の手のように「育ててもらっといて、」なんていう反論できない事実を持ち出されて、それ聞いて子供がどう返すかなんて容易に想像できるでしょ。

「好きでお前んとこに生まれたんじゃねーよ」

はい。これですね。

一番寂しい一言は決して口を衝いて出るのではなく、環境が整った瞬間に出るべくして出る。むしろ親側が言わせていると言っても過言ではない。

作ってきた恩を示された途端に日頃の感謝の気持ちを述べて頭を下げる奴隷のような子供ならそもそもそんな状況には陥っていない。

子供を自分の思い通りにコントロールするのが育児なわけではないし、それができないことをもって育児を失敗したと結論づけるのも違う。なぜなら子供はお前の傀儡でも作品でもないからだ。

ていうか育児に限った話じゃねーけど、他人に何かを与えるにあたり一番やっちゃいけないのって、

本人がありがたみに気付く前にそれを与えた人間が感謝を要求してくること

だと思うんだよね。
東京03のコントにも似た題材がある。角田が豊本と会社の上司をくっつけるために奔走し、そして感謝を求める。

つまりはとても簡単な話なんですね。

子供が自分からありがたみに気付くまでは与え続けるしかないってことなんだよ。ていうかそもそも親ってそういうもんなんじゃねーの。

ぶっちゃけ言い過ぎかなーと思いながら深夜のテンションで書くけど、親という立場や権威でしか子供への優位性を示せなくなった瞬間に、そこから未来永劫ずっと子供から見下され続けても文句は言えないと思う。

親側の言い方が悪くて子供がちょっと不快感を露わにした途端に「親に向かってなんだその口の聞き方は」とか言ってキレてくる奴とかさ。自分が怒らせてきたくせに反論したら急に親持ち出すのは戦略として筋が通っていないし、力で黙らせるのと大差がない。将棋で負けたのに「まあ俺お前よりモテるし」みたいな謎の勝利宣言するやつとかたまにいるじゃん。それと一緒。

つまるところ、理論的な反論ができないと判明した途端に立場や関係性といった権威で相手を押し込めようとする奴は全員ダサい。

世の中見てると本当に思うんだけど、みんな本当に結構何も考えずに子供とか作っちゃうんだなあ。具体像もまるでない漠然とした”絵に描いたような幸せな家庭”みたいなものを妄想して、自分たちがそこに向かうことを疑いようもなく信じている。だからこそ、そのルートから外れると顔真っ赤にして怒ったりする。すごいと思う。

ということでウェルビー着いたから風呂入って寝るわ。

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