情報の検証コストが無限になる時代

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今の職場はまあまあ最高なので出張後に間違っても出張証明と称した紙切れを現物で出させることはない。前の居場所では出張証明に”””現地のレシート”””が必要で絶望した。

しかし、これからの時代、人間の解像度では判断がつかないようなレベルでの書類の偽造なんて本当に簡単になる。なんなら本物より本物らしいものすら簡単に作れるようになり、ちゃんと本物を提出した人ですら疑われるようになる。

これまでは職人しかできなかったような造形でも、ディープラーニングで表面上は一見それらしいものであるかのように組み上げられる。そして人にはそれを見抜くことはできない。仮に今は見抜けてもすぐに見抜けないクオリティになる。

それは何も書類に限ったことではない。
人の証言としての声や、それらを記録した映像、筆記、表情、何もかもが人間では見分けのつかないレベルで作れるようになる。何しろFaceAppで表情を変えられるようになったのがもう去年なのだ。GANで作られたリビングの写真なんかそれらしいどころか全部本物に見える。

これら技術の向上は、VRやARも相まって、エンターテイメントの方面では本当に楽しい世界が来る。人間のセンサーでは目の前に確かに存在すると確信できる虚構とのリッチなインタラクションが、我々に新しい楽しみや知見を与えてくれることは疑いようもない。

しかし、一方で、おそらくだけど、本当に何も信用できない時代が来そうな気もする。
これまで人々は、SNSの普及とともにクラウド(ここでいうクラウドはcloudではなく、クラウドソーシング的なcrowd)による情報のvalidationが行われると信じて疑わなかった。しかし実際にはフェイクニュースに踊らされて何の罪もない他者を集団で撲殺する時代が来ただけだった。

そこからもわかるように、誠に残念ながら人々は情報の検証コストをあまりにも払わない。フェイクニュースでは特に義憤が刺激されるところが大きい。性欲と同じで、刺激により惹起し解消しないと仕方のない無為な正義感みたいなものを誰しも持ち合わせているんだろうと思う。twitterで回ってくるインスタントな感動話(感動ポルノ)なんかもまさにそれだ。

目の前の”それらしいだけの存在”をあまりにも簡単に信じてしまう人たちが大半を占めるこの世の中は、この先の時代ではカモの山でしかない。ディープラーニングはそれらしいものを無限に作る。それらすべてにvalidationをかけるのはクラウドソーシングをもってしても不可能で、つまるところ情報の検証コストは無限になる。
そんな中で、一部の人間だけが”ちゃんと”生きていくことはできるのだろうかということが不安で仕方ない。(俺自身がどんなにゴミ人間だとしても、ここでは簡単のためちゃんと生きていることとしたい)
ここではちゃんと物を考えた上で生きている一部の人たちが富を独占していることにするのだけど、つまるところ一部の人たちが富を独占するだけの状況がいつまで維持できるのかというところで、正直これからのメキシコのように(というか日本も既にそうなってきてるような気がするけど)、暴力に呑まれてしまうような気がしてならない。個人的にこれは論理で回る社会からの反動なんじゃないかと思っている。ポリコレの反動でトランプが生まれたのと構造としては同じ。

小学校では掛け算の順番とかいうそもそも何の意味もない論争が起きる。

街では人々が水質の改善と称して川に汚い粉を撒く。

俺の病(マルファン症候群それ自体は正確には病ではない)を治せるとほざく女も現れるし明らかに心因性である体の痛みを治せるらしいただの色のついた蛍光灯を売りつけてくる老人もいる。俺は俺自身と信頼できる友人の力を借りてそれを検証し笑い飛ばすことができる。
しかしFacebookやtwitterを見ている限りでは、携帯キャリアのゴミみたいなプランの解約を検討することもできずに、携帯回線ヘビーユーザーである俺の3倍の金を払い、長期ユーザを優遇しろとほざいて吉野家無料券のために数時間店頭に並ぶ人も散見される。

俺が言いたいのは決して俺がすごいとか民衆がバカだとかいうことではない。
とにかく、いずれも少し学べば/考えればわかる話だということが言いたい。少し学ぶことはどんな人間にでも本当はできると俺はまだ信じている。
掛け算の順番がどちらでもいいことなんて俺ですら”数学的な手続き”によって証明できる。しかし、そういった論理による正しさの提示では人々は納得することができない。

はっきりいって、機械が人間のサポートをすることで人間が人間らしく生きられる世界は来ない。今の時代において、機械が”正しさ”を指摘したところで大半の人間はそれを感情で拒絶する。俺が正しいことを言っても空気を読めないとか言って潰されるんだから、Siriだって立ち上がらないように設定を変えられて終わりだ。まあ本当に面白いのは、そういった多くの人間がSiriの切り方すらわからないし調べることもできないだろうということなんだけど。

つまり、機械を自身の補完的な存在として使いこなす時代は来るには来るけど、上流にしか来ない。そして上流の綺麗な水を享受できる人間はこれからどんどん減っていく。それ以外の人たちは汚泥の溜まった下流で泥水をすすって生き、呪詛を唱えながらある日最強の人として生まれ変わり、社会に忘れられない禍根を残したのち自身も社会から抹殺される。
抹殺されないまでも、そういった情報コストを払わないまま義憤で人間を叩く謎の人間が増えすぎた結果、人々は結局サロンやグループなどクローズドあるいは有料の閉鎖世界でのみ交流するようになった。必然的に役に立つ情報は世には出回らないし、外の人たちはお互いに99.99%泥しかない川を漁って拾った適当な石ころを自身の心情のみに従い宝石だと主張し続ける。しかしそれを検証する術は持ち合わせておらず、互いになんの理由もなく叩いたり信頼したりを繰り返す。

俺は今年はとにかく「みんなで幸せになる」ことを考えているけど、ここでいうみんなというのは残念ながら社会全体ではない。この先のカオスにおいては、正直なところ世界平和なんて望むべくもないし、自分の周りの数少ない信頼できる人たちと協力して生き抜いていくぐらいしかできないと思う。俺には年齢・性別・関係性を問わず「絶対に幸せな人生を送ってほしい人」がいるので、今年はどんなに忙しくてもそういう人たちと積極的に情報を交わしていくし、先輩方には引き続き教えを乞いていきます。

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